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もののけ姫

「カヤ」が一番印象に残ってしまったのは、男の哀しい"サガ"か?




もののけ姫

カヤ(声:石田ゆり子)

劇中では東北地方にあると推定されるエミシ(蝦夷)の村の少女。アシタカを「あにさま」と慕うが、兄妹の関係ではなく実質的にはアシタカの許嫁(いいなずけ)である様だ。これは宮崎監督自身も「もし恋人ではなく本当の兄妹なら面白くもなんともない」と少々不謹慎とも思えるコメントをしているらしい(いやはや…)。

ちなみに明確にはクレジットされていないが、声はサン役の石田ゆり子が二役で担当している。これは結果的にアシタカに捨てられてしまうカヤへの、宮崎監督のささやかな良心なのか?印象的なデザインの衣服はチベットやブータン等の高地民族の民族衣装から想を得たという。


今更ながらではあるんですけど、ようやっと"もののけ姫"を観ました。この作品については既に議論百出な訳ですけど、宮崎監督自身、一見すんなり流してる様なストーリーのかなり深い部分に、シニカルとも言える自分なりの「想い」を込める傾向があるみたいで、インタビュー等で続出する意味深な発言が、一層一筋縄では行かない雰囲気を醸し出しちゃってる感はあるんですが…

時代劇としてみると、考証的な部分も良く出来てますし、例によって登場人物の芝居も細部まで目がゆきとどいていて、日本映画全盛期の力強い骨太な世界を彷彿とさせ、かつ映画的にも作劇法の王道を行く「開巻3分間で観客を掴め(注)」のセオリーに乗っ取った作りになってます。

テーマ的には結構重いんだとは思うんですけど、結局大団円を迎えるために、宮崎監督としても「人間と自然の調和」という処に結末を落すしかなかったみたいで、ラスト、アシタカともののけ姫(サン)はそれぞれの道を歩んで行く事になる訳です。ただ、これだけの物語の結末としては、やっぱり弱い。現代につながるその後の歴史を考えると、本来なら人間側の圧勝で終わるべきなのかも知れませんが、さすがに作品としてそこまで後味の悪いアンハッピーエンドにも出来ず、結局都合のいい理屈でお茶を濁してしまった。この辺は監督の"迷い"を象徴してるみたいで印象深いですね。確かに途中で風呂敷が広がりすぎて収拾つかなくなってる様な雰囲気はあります。

で、カヤです(いやはや…)。既に多くの方が述べてる様に、なぜか私も"もののけ姫"で一番印象に残ったのがこのカヤでした。物語冒頭にわずかしか登場しないにも関わらず、個人的にはサンよりも印象的でした。つらつら一体これは何故かと考えてみると、カヤが典型的ヒロインとしての要素を総て兼ね備えているって処に行き当る訳です。つまり男にとっては痛い処を突かれる存在な訳です(いやはや…)。

カヤというのは「カリオストロの城」に登場したクラリスに代表される、自立しながらも依存する、いわゆる「宮崎美少女」の典型なのでしょう。その意味で、アシタカがカヤから貰った(しかも願いを込めたと言われたにも関わらず!)黒曜石の守り刀をサンにあげてしまい、尚且つ物語のラストで村へ戻らず、多々良場で暮らす事を宣言してしまう辺り、「もう元へは戻らない」というアシタカの成長宣言(!)に名を借りた(いやはや…)宮崎監督の従来的世界への決別とも取れて象徴的だったのですが…

(注) プロローグ的な部分を省略し、映画開始直後に印象的なシーンを持って来る手法。一般に観客の注意は映画開始後3分程度で散漫となり、この間に作品に対して興味が持てないと、その後に印象的なシーンを出しても興味を持続できず、逆に3分以内に観客を作品世界に引き込む事ができれば、途中多少ボルテージが下がっても、観客の関心を持続できると言われている。アクションやSF等、エンターテインメント系の作品で実践される事が多い。









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