★★ 発掘!「ジェッターマルス」第26話 ★★



1977年2月3日〜9月15日に全27話放映された「ジェッターマルス」。元々は「鉄腕アトム」をリメイクする予定で企画がスタートしたものの、権利関係(再建途上であった虫プロと東映動画間ではないかと思われるのだが…)の調整がつかず、「アトム」のコンセプトを流用したオリジナル企画に変更されたらしい。そのため声優もアトムの清水マリ、御茶ノ水博士の勝田久(以下敬称略)がそれぞれのアレンジであるマルス、川下博士に起用されており、「アトム」への未練を感じさせる。

「マルス」が製作された1977年は旧虫プロ倒産後、一時アニメ製作から撤退状態だった手塚治虫が、手塚プロでスペシャルアニメ「100万年地球の旅 バンダーブック」(1978年8月27日、日本テレビ系の「24時間テレビ」内で放送)を製作する前年に当たり、「アニメ空白期」の最終年ともいえる年である。手塚プロでのアニメ製作体制が整うにはまだ時間が必要だったのか、本作は東映動画(現:東映アニメーション)製作という、手塚治虫原作のアニメとしては異例の製作体制となっている。

「マルス」はそんな複雑な事情もあってか、結局ヒットには至らず(手塚治虫曰く「全然受けなかった」らしい)現在でもOP・ED以外は映像もソフト化されておらず、手塚作品では最も視聴困難なテレビシリーズとなっている。今回最終回直前となる第26話のシナリオが入手できたので、「マルス」の世界をしのぶ貴重な資料としてファンの方々にお役立て頂こうと思う。脚本はアニメ脚本界の大御所、雪室俊一が手がけており、刈り込まれたストーリーの中できちんとテーマを語る脚本の妙技を堪能できるシナリオとなっている。ちなみにシナリオタイトルは(仮題)となっているが、結局このままのタイトルで放送された様だ。また、シナリオは実際に放送された作品とはシーン、セリフ等に相違がありうる事を予めご了承頂きたい。


シナリオは手書きの謄写版印刷。懐かしいガリ版だ。


カラー連続TVまんが ジェッターマルス
第26話 帰って来たアディオス(仮題)

制作 フジテレビ 東映

企画:別所孝治(フジテレビ) 田宮武
製作担当:大野清
原作:手塚治虫と手塚プロダクション 連載(テレビマガジン他)
チーフディレクター:りんたろう
チーフアニメーター:杉野昭夫
演出:
脚本:雪室俊一
シリーズ構成:丸山正雄
音楽:越部信義
オーディオディレクター:小出良助
作画監督:
美術:椋尾篁 川本征平
原画:
仕上:
撮影:
編集:花井正明
録音:田中英行
音響効果:松田昭彦
製作進行:
演出助手:
※担当未記入のパートもそのまま掲載した。

マルス2015年(作曲:越部信義 作詞:伊藤アキラ)
少年マルス(作曲:越部信義 作詞:伊藤アキラ)
※この部分には和文タイプ打ちされた歌詞が掲載されている。

登場キャラクター
マルス、美理、メルチ、川下博士、ヒゲオヤジ、田鷲長官、四部垣、タマオ
アディオス、郷、黒丸博士、実験課長

※現在確認できるキャストは以下の通り
マルス:清水マリ 美理:松尾佳子 メルチ:白石冬美 川下博士:勝田久 ヒゲオヤジ:富田耕生 アディオス:神谷明
タマオ:鈴木富子 四部垣:加藤治

1.テストコース

曲がりくねったコースを爆音も高らかに突っ走る最新型のテストカー。
テストコースを一望出来るスタンドでヒゲオヤジに引率された生徒たちが目を見張る。

四部垣「ウヒョーッ、カッコいい」

タマオ「すごいスピードだ」

ヒゲオヤジ「このテストコースでは、時速百五十キロで正面衝突しても乗っている者が軽い怪我で済むような安全自動車のテストをしているんじゃ」

マルス「百五十キロで衝突するということは超高層ビルから飛び下りるのと同じ位の力が人間に加わるんでしょ」

ヒゲオヤジ「さよう…」

テストカーが生徒たちの目の前を通過する。
女の子たちが二枚目のテストドライバーに熱っぽい視線を送る。

女の子「カッコいい人」

タマオ「ちぇっ、女の子はクルマよりテストドライバーの方がいいのか」

スピーカー「只今から百三十キロでの衝突実験を行います」

コースの陰から大型トレーラーがのっそり現れる。
最新型のテストカーは、まっしぐらにトレーラーに驀進して行く。

タマオ「あぶない!」 

女の子たち「きゃーっ」

と目を覆う。
テストカーは矢のようにトレーラーに突っ込んで行く。
大音響と共に炎上するテストカーは、まるでスクラップである。

マルス「なんて乱暴な実験なんだ…」

待機していた化学消防車がサイレンの唸りを上げて駆けつけると消化剤(この部分の誤字は原文のまま)をまく。
実験員たちが走り寄ってスクラップになったクルマを調査する。

女の子「早く救急車を呼ばないと___」

スピーカー「只今の実験の結果を申し上げます。ドライバーは即死でした」

女の子たちが悲鳴を上げ、四部垣たちも茫然自失。

ヒゲオヤジ「け、けしからん 純心な子供たちに こんなむごたらしい実験を見せるとは何ごとじゃ!まるで人殺しショーじゃ」

実験課長「御安心下さい。只今即死したテストドライバーはロボットでございます」

マルス「ロボット!?」

実験課長「はい ロボットと申しましても肉体的には人間と同じように出来ております」

ヒゲオヤジ「すると危険な実験は全部ロボットがやっとるのかね」

実験課長「さようで」

四部垣「ちぇっ びっくりさせるぜ」

女の子「人間そっくりだったわ」

実験課長「はい テストロボットたちは アンドロイドロボットの第一人者 川下博士の設計になるものです」

ヒゲオヤジ「川下博士が!?」

マルス「嘘です!川下博士が こわされるためのロボットなんか作る筈はありません」

四部垣「証拠はあるのかよ」

マルス「あるさ!心からロボットを愛している川下博士が あんなひどい目に合わされるロボットを作ったりするものか」

テストコースではスクラップになってしまったテストドライバーロボットが片付けられている。

ヒゲオヤジ「わしもマルスと同じ意見じゃ 君 嘘つきは泥棒の始まりじゃぞ」

実験課長に猛然と食ってかかる。

実験課長「ほ 本当です」

マルス「先生!ぼく 早びけします」

いきなり舞い上がる。

ヒゲオヤジ「マルス 待ちなさい 社会見学も立派な授業じゃぞ」

2.川下博士の家

着地したマルスが家の中へ駆け込む。

マルス「川下博士…」

3.同・研究室

マルスが必死で尋ねる。

マルス「嘘ですよね 博士…ぼくや美理に人間と同じ心を作ってくれた博士が 殺されるためのロボットなんか作るわけありませんよ」

美理「当り前じゃないの そのロボットは別の川下博士が作ったのよ」

マルス「そうか そういえば人間には同じ名前の人が何人もいるんだっけ」

美理「そうよ…」

川下「…マルス」

マルス「ごめんなさい 早合点して…ぼく 社会見学に戻ります」

川下「待ちなさい マルス」

マルス「(ハッと川下を見る)」

川下「あのロボットを設計したのは 間違いなくわしじゃよ」

美理「パパが…」

マルス、愕然と川下をみつめる。

川下「作ったのはわしではないが 設計図を書いたのはわしじゃ 今から十年以上も前のことじゃか…」

マルス「博士が…あのロボットを作ったなんて…」

川下「なぜわしがあのロボットを作ったかというと…」

マルス「理由なんか聞きたくありません!」

そこへメルチが入ってくる。

メルチ「バカルチ!」

マルス「メルチ…ぼくはこの家を出るからね」

美理「マルス…」

川下「落ちつかんか マルス」

マルス「あんなロボットを作る博士の所になんかいたくありません」

パッと飛び出す

美理「待って!マルス」

メルチ「ニイタン」

マルス「さようなら!」

涙を隠すようにして走るマルス___

4.同・玄関(夕)

訪ねて来たヒゲオヤジが目を丸くする。

ヒゲオヤジ「マルスが家出!?様子がおかしかったので来てみたんじゃが…」

美理「みんなで近所を探したんですけど」

ヒゲオヤジ「ハハハ 心配せんでよろしい わしなんぞは毎週一度はオヤジと喧嘩して家出しとった」

美理「そんなに…」

ヒゲオヤジ「大体いつも町内を一回りして こそこそと家に帰っとったがな」

美理「そんなに簡単に帰ってくるでしょうか」

ヒゲオヤジ「教育界の大ベテランがいうんじゃから間違いない」

ドンと胸を叩いてむせる。

5.峠道(夜)

山深い道を一台の定期便のトラックがヘッドライトを光らせて登ってくる。
そのコンテナの上にあお向けになったマルスが夜空の星を睨んでいる。

マルス「帰るもんか 絶対に…ロボットにも心が必要だなんていってるくせに あんなひどい目に合わせられるロボットを作ってるんだから…」

ヘヤピンカーブにさしかかったトラックが大きく揺れる。

マルス「危い…」

マルス振り落とされる。

マルス「えーい」

転落しながら態勢を立て直して、ひらりと着地する。
走り去るトラック___
マルス追いかけようとして道端の朽ちかけた道標に目をとめる。
文字は、ほとんど消えかけていて村という字だけが、辛うじて判読できる。

マルス「…ナントカ村…」

道標のさしている方を見る。
何年も人が歩いたことのないような草深い道が闇の彼方へ続いている。

マルス「こんな山奥に村があるのかなぁ」

歩き出す。
あたりに霧がただよい始める。
その霧の中から馬の蹄の音が響いてくる。
マルス 蹄の音の方へ走る。
走れども走れども馬の蹄の音は近くならない。
霧はいよいよ深くなる。
マルス、薄気味悪そうに辺りを見回す。

声「…マルス」

マルス ぎょッと身構える。

マルス「だれだ!」

霧の中から姿を現したのは馬にまたがったアディオスである。

アディオス「とんだところで逢ったな」

マルス「アディオス…」

アディオス「どこへ行くんだ」

マルス「自分の家以外のところさ」

アディオス「ふふ…」

マルス「何がおかしいのさ」

アディオス「おれがさすらいのロボットならお前は家出ロボットだな」

マルス「大きなお世話だ」

アディオス「悪いことはいわん 家へ帰るんだな」

馬の手綱をとると一本道を歩き出す。

マルス「この道は ぼくが見つけたんだぞ」

馬を追い抜いて走る。

アディオス「急ぐことはない 村までは三十キロ以上ある」

のんびりと馬を歩かせる。

6.川下博士の家・研究室(早暁)

机に向った川下が、まんじりともせずに待っている。
美理が入ってくる。

美理「パパ…眠らないと身体に毒よ」

川下「なぁに マルスも眠っとらんじゃろう」

美理「ロボットと人間は違うわ」

川下「いや わしは同じだとお前やマルスに教えて来た マルスが怒るのも無理がない…」

美理「でも こんなに私たちを心配させるなんて…」

川下「夜が明けて来たようじゃな」

7.谷あいの道

朝モヤの中を馬に乗ったアディオスとマルスがやってくる。

マルス「あッ…」

谷の向うへ渡る釣り橋が落ちている。
落ちた橋の袂に石の道しるべが建っているが文字が削り落とされている。

マルス「村はこの谷の向うらしい」

アディオス「しかし 橋がなくてはどうにもならん」

マルス「ぼくは行ってみるよ…えーい」

地面を蹴るとジェット噴射で谷の向う側へ飛ぶ。

アディオス「おれはあきらめよう」

マルス「ロボットのくせに こんな谷を飛べないの」

アディオス「この馬はロボットじゃないからな」

マルス「ぼくは行くからね さようなら」

走り出す。

アディオス「迷子になるなよ」

8.山あいの平地

山道を走って来たマルスがあっと息をのむ。
眼下に緑の牧場があって、サイロや牧舎が見える。

マルス「こんな山奥に牧場がある…」

なだらかな斜面を一目散に駆け下りる。
マルスの足が牧場の入口の板を踏んだとたん___

マルス「うわーッ」

悲鳴と共にマルスの身体は地底深く転落して行く。
そこは古井戸を利用した落し穴だったのだ。

9.古井戸の中

深い井戸の水面からマルスが浮び上る。

マルス「ふーっ つめたい…だれがこんな落し穴を作ったんだ」

ざっと三十メートルはありそうな井戸の入口から朝日がさし込んでくる。

マルス「ここから脱け出すには かなりのエネルギーがいるぞ…エネルギーを大事にしないと…」

ガシャンガシャンと金属音の足音が近づいてくる。

マルス「だれかくる…死んだふりをしよう…」

マルスはわざとぐったりして水面に浮ぶ。
井戸の上から覗いたのは西洋の騎士のような甲冑姿のロボットである。

ロボット「…子供だ…おーい 大丈夫か」

あわててロープを井戸の底に垂らす。

ロボット「これに掴まるんだ…」

マルスの前にロープが下りてくる。

マルス「これでエネルギーを使わずに済むぞ」

ロープの先端を掴む。
ロボット、必死でマルスを引っぱり上げる。

マルス「余りパワーのないロボットらしいぞ」

やっとのことでマルスは井戸端にひっぱり上げられる。

ロボット「おう 君もロボットか」

マルス「だれがこんな落し穴を作ったんですか」

ロボット「すまんすまん最近 家畜を盗みにくる連中がおってな…うッ」

よろめく。

マルス「大丈夫ですか」

ロボット「少々エネルギーを使い過ぎたようだ」

マルス「しっかりして下さい」

甲冑ロボットをたすけて家の方へ連れて行く。

ロボット「すまんが少しエネルギーを分けてくれんか…」

マルス「で、でも…」

ロボット「まもなく息子が 東京からエネルギーを運んでくる。そうしたら すぐ返す」

マルス「子供がいるんですか」

ロボット「この牧場は わしと二人の息子でやっておるんでね」

マルス「ロボットのあなたが…」

牧場を見回す。

10.牧舎の中

ロボット「よかったら 君もこの牧場に住まないかね」

マルス「ぼくが…」

ロボット「ま 二・三日ゆっくりして行くといい…いかん…エネルギーが…」

苦しそうにうずくまる。

マルス「ぼくのエネルギーを使って下さい」

ロボット「す すまん」

11.同・別室

寝台に横たわっているマルスの視界が、ゆっくりと霞んでくる。

マルス「そんなにエネルギーをとられたら…ぼくが…」

ロボット「息子がすぐ帰ってくるさ…ふふ…」

甲冑の頭部をかなぐり捨てると中から初老の男、郷の顔が現れる。

マルス「(愕然)…人間!?ぼくを騙したんだな」

起上ろうとするが、エネルギーをほとんどとられているので、身体がいうことをきかない。

郷「悪く思わんでくれ…お前はこれから この村で暮すんだ わしの息子になってな…」

マルス「よくもぼくを…」

必死でもがいたマルスは寝台から転落して気を失ってしまう。

(F・O)

× × (中CM) × ×

12.郷の牧場

飛来して来たヘリコプターが着陸する。
走り寄った郷に出迎えられたのは二人のロボット助手を連れたサングラスのロボット学者、黒丸である。

郷「お待ちしていました 黒丸博士」

黒丸「驚きましたなあ 十年前に数千億円の遺産と共に姿も消した郷財閥の社長がこんな山奥に秘んでいたとは…」

郷「とにかく中へどうぞ…」

13.家の中・土間

横たわっているマルスを見た黒丸が驚く。

黒丸「これはジェッターマルス」

郷「そんなに有名なロボットですか」

黒丸「このマルスを私にどうしろというのです」

郷「私の息子にして欲しいのです」

六・七才の少年の写真を見せる。

黒丸「これは十年前に交通事故でなくなられた…」

郷「丁度 年恰好がそっくりですし…」

黒丸「お安いご用です 直ちに改造にかかりましょう。但し お礼の方はたっぷりいただきますよ」

郷「はぁ 一億円でいかがでしょう」

黒丸「三千億円」

郷「そんな…」

黒丸、いきなり隠し持っていたピストルを郷に向ける。

郷「黒丸博士…」

黒丸「いま頭の中で計算をしたんですが マルスを改造して一億円をもらうより あんたを殺して三千億円をもらった方が得だという答えが出ましてな」

二人のロボット助手が郷を押さえつける。

郷「それでも科学者か」

黒丸「ははは…十年前の私はロボット学者の花形だったが いまではロボット学界の鼻つまみ者ということになっていましてな」

郷「そうだったのか…」

黒丸「もっともこんな山奥では新聞もテレビもないでしょうから御存知ないでしょう」

郷「…なんということだ」

黒丸「ついでに申し上げとくが 私の時代遅れの技術で マルスのような高性能ロボットをいじったら こわすのがオチでしょう」

目をとじて横たわっているマルスを見る。

黒丸「幸いマルスもエネルギーがないようだ 郷さん あんたも息子のところへ行ってもらおう」

郷「待ってくれ」

黒丸の銃が火を吹いた刹那、宙を切って飛んで来た拍車が、カチンとピストルを弾きとばす。
ふらりと入って来たのはアディオスである。

黒丸「だ だれだ!?」

アディオス「さすらいのロボット アディオス」

黒丸「やれ!」

二人のロボット助手がアディオスに殴りかかるが、あえなく殴り倒されてしまう。

アディオス「マルス 昼寝の時間は終りだぞ」

郷「…私がエネルギーを抜いてしまいまして…」

アディオス「エネルギーのボンベは…」

郷「はい…」

と取りに行く。
隙を見て逃げ出そうとする黒丸めがけてアディオスの拍車が飛ぶ。

黒丸「ひーっ…」

アディオス「お前もロボット学者のはしくれなら エネルギーを入れるぐらいのことは出来るだろう」

黒丸「は はい…」

14.科学省・長官室

田鷲長官が目をむく。

田鷲「マルスが家出しただと!?博士はマルスにどういう教育をしとるんだね」

川下「そんなことよりマルスを探すために力を貸して欲しいんじゃが」

田鷲「(ファイルをめくって)ふーむ マルスの家出はこれで二度目だな…」

川下「そんなことより…」

メルチ「バカルチ!」

田鷲の坐っていた回転椅子を思い切り回す。
目を回して 転落する田鷲長官。

15.牧場・郷の家・土間

エネルギーを注入されたマルスが寝台の上で目をパッチリ開く。

アディオス「おはよう マルス」

マルス 黒丸たちを見回して目をパチクリする。

マルス「アディオス…この人は…」

アディオス「お寝み中に色々あってね…さあ 表へ出ろ」

黒丸の背をぐいと押す。
表を見た黒丸の目が輝やく。

黒丸「アディオスさんとやら…あんたの馬はロボットじゃないだろう」

16.同・表

ヘリコプターの操縦士が、アディオスの愛馬にマシンガンを突きつけている。

アディオス「おッ…」

飛び出そうとするマルスに

黒丸「動くな…お前たちが妙な真似すると あの馬の命はないぞ」

アディオス「なるほど…科学者としては三流だが 悪党としては二流の上というところだな」

黒丸「減らず口を叩くな…郷さん 大金のありかを教えてもらいましょう」

郷、怯えた眼ざしでサイロの方を見る。

黒丸「サイロだな!」

17.同・サイロ

サイロの開口部から札束や宝石の入った布袋が吐き出されてくる。
ロボットの助手たちが散らばった札束や宝石を拾い集める。

18.同・表

その袋を見た黒丸がほくそ笑む。

黒丸「さすがは郷財閥だ…どんどんヘリコプターに積みこむんだ」

ヘリコプターから運搬用のコンベアーがのびてくる。ロボット助手たちが手際よく袋をコンベアーに乗せる。
なす術もなく見ているアディオスとマルス。

マルス「このままだと逃げられちゃうよ」

アディオス「落ちつけ マルス」

黒丸「郷さんには人質として付き合ってもらいましょう」

郷に銃を突きつける。

黒丸「さあ ヘリコプターに乗るんだ」

操縦士、馬に向けていたマシンガンを外すとヘリコプターに乗り込んでエンジンを始動する。
代りにロボット助手が馬に銃を向ける。
黒丸と郷がヘリコプターに乗り込む。

マルス「助手はどうするんだ」

黒丸「ロボットなんかは使い捨てで沢山だ やれ」

ゆっくり浮上するヘリコプター。

マルス「なんだって!」

猛然とダッシュするとヘリコプターの回転翼にぶら下る。
バランスが崩れるヘリコプター。

黒丸「マルスの奴め…馬を射て!」

ロボット助手の銃が火を吹くより早く、アディオスの拍車がブーメランのようにロボットの手首に命中する。
アディオス、横とびに飛んで馬にまたがると、挑みかかるロボット助手を蹴とばす。

19.ヘリコプターの中

大きく揺らぐヘリコプターの中で狼狽した黒丸が郷のこめかみに銃口を突きつける。

黒丸「マルス…離さないと郷の命がないぞ!」

マルス「そんなことをしたら このヘリコプターを墜落させてやる」

黒丸「貴様…」

ひるんだところを窓をぶち破ってマルスが飛び込んでくる。

黒丸「マルス…」

マルス「ヘリコプターを着陸させるんだ」

黒丸の銃を奪って操縦士に突きつける。
操縦士、頷いて機首を下げる。

20.牧場・居間

マルスに郷が頭を下げる。

郷「ありがとうございました」

マルス「おじさんはどうして こんな所にひとりで住んでいるんですか」

郷「クルマがこないからです。可愛いひとり息子の命を奪ったクルマが…」

マルス「事故だったんですね」

郷「家内が運転するクルマに…」

21.回想(十年前)

夜道を走る一台の乗用車。
郷の妻と写真の息子が乗っている。
その乗用車めがけて大型トラックがフルスピードで突っ込んでくる。
急ブレーキの軋みと激突音___

22.牧場・郷の家・居間

マルス「いまなら助かったかも知れませんね」

郷「ほ 本当かね」

マルス「この十年間でクルマは とっても安全な乗物になったからです」

アディオスがふらりと入ってくる。

アディオス「人間と同じ強さを持ったロボットがテストドライバーになってから 様々な実験が出来たからじゃないかね」

マルス「そ それはそうだけど…」

郷「そうですか…マルスくん 私の財産を全部寄付しよう。安全なクルマの研究のために…」

マルス「おじさんはどうするんですか」

郷「私はここでのんびり暮すさ」

23.川下家・居間

美理が弾んだ声で電話に出ている。

美理「そうですか ありがとうございました(切って)パパ マルスが見つかったの」

メルチ「ニイタン」

美理「迎えに行きましょう」

川下「(かぶりをふる)帰るか帰らないかはマルスの判断に任せよう」

美理「パパ…」

川下「マルスは立派な心を持ったロボットじゃ」

24.谷あいの道

アディオスと共にやって来たマルスが驚く。
落ちていた釣り橋がちゃんと直っている。

マルス「橋がかかっている…」

アディオス「お前のために かけておいたのさ」

マルス「だって ぼくは…」

アディオス「お前はこの谷を一飛びに跳んだ だが ふつうの人間は橋がなければ渡れない」

マルス「___ 」

アディオス「ヘリコプターの回転翼にぶら下がるようなことも出来ない」

マルス「アディオス ロボットと人間は違うっていうの」

アディオス「そうだ…だが ロボットと人間が助け合って生きて行くことは出来る」

マルス「…ぼくが人間だったら あんな真似はしなかったろうね」

アディオス「命はひとつしかないからな」

マルス「アディオスはこれからどこへ行くの」

アディオス「さあ…マルスは…」

マルス「ぼくは…」

アディオス「家へ帰るのなら この橋を渡った方が近いぞ」

アディオス、渓谷沿いの道に馬を走らせる。

マルス「アディオスは橋を渡らないの」

アディオス「おれには帰る家がない」

知らん顔で馬を走らせる。

マルス「ぼくだって…」

目の前の釣り橋を見て迷う。

アディオス「安心しろ おれはうしろに目がついていない」

マルス「ちぇっ!男が一度 家を出た以上…」

そっとアディオスの方を見る。
アディオスの姿が遠ざかって行く。

マルス「…美理やメルチが心配してるだろうな」

そっと足を出して釣り橋に足をかける。
マルス、アディオスの見ていないのを確かめて、そろりそろりと橋を渡る。
真ん中あたりにさしかかったとき、アディオスがくるりと振り向く。

マルス「(ぎょっとして)えへへ…結構いい景色だねえ アディオス」

アディオス、答えず馬を急がせる。

マルス「アディオス!また逢おうね」

アディオスの口笛が谷間に響く。

マルス「さようなら アディオス」

一気に橋を渡る。
アディオス 振り向く。
人影のいない釣り橋が木もれ日を浴びている。

マルス(※)「あばよ マルス」

”さすらいのロボットのテーマ”が聞こえてくる。

(F・O)

(※)明らかにアディオスのセリフだと思われるが、原文のままとした。